システムエンジニアの視点から見る匿流(トクリュウ)
「トクリュウ」 とは何か?
あまりニュースを見ない私のような世間知らずでも、最近は毎日のように見かける「闇バイト」や「トクリュウ」。 トクリュウ という謎の言葉がバズワードになっているな、と思っていたら
トクリュウ = 匿流 = 匿名・流動型犯罪グループ
ということらしいです。
新語に出会った時は、以前なら「とりあえずググる」「Wikipedia を調べる」というのが私のルーチンでしたが、最近は「チャッピーさんに訊く」事がめっきり増えました。
最近増えてきた、新しいタイプの犯罪組織だそうで、特徴を簡単にいうと
- SNSや闇バイトで人を集める
- メンバー同士が本名も顔も知らない
- 指示役だけがオンラインで命令する
- 人が入れ替わり続ける(流動的)
- 強盗・特殊詐欺・薬物運搬などを行う
との事。なるほど、確かに多いかもね、そういう犯罪。
気になってもう少し深掘りしてみることにしたのですが、Wikipedia の説明を読んでいたら、個人的にめちゃくちゃツボる、とんでもないパワーワードを見つけてしまいました。
「クライム・アズ・ア・サービス」(CaaS)
“このような組織構造と活動形態は、トクリュウが現代の「クライム・アズ・ア・サービス」(CaaS: Crime-as-a-Service)プラットフォームとして機能していることを示唆している。首謀者グループが犯罪のインフラを提供し、使い捨ての「労働者」が特定のタスクを請け負うというモデルは、合法的なギグエコノミーの構造と酷似している。”
SaaS, PaaS, IaaS ときて、時代は CaaS ですよ。"Container as a Service" じゃなくて、"Crime as a Service"。
何でもかんでもクラウド化してサービスにしとけ、っていう潮流は、流れ着いてこんな所にまで影響していたとは...
一体どんなことになっているのか、エンジニアとしては俄然興味が湧いてきました。
組織型犯罪の現代型
Wikipedia にはこのような記述もあります。
“実態は首謀者を頂点とする階層的なピラミッド構造が存在するが、各階層間の繋がりは意図的に希薄化されており、末端の実行役を逮捕しても、上位の首謀者へと捜査が及ぶ「突き上げ捜査」を困難にしている。”
「ピラミッド構造」。IT業界に身を置く者としては胸のざわつく言葉です。
トップに君臨する元請けの SIer だけが美味い汁を吸い、子請け孫請けのシステム開発企業をこき使い、ピラミッド底辺で実際にコードを書くエンジニアには地獄のデスマーチが待っている、というアレです。
どうやらトクリュウの組織も同じようなものらしく、トップ(首謀者・オーナー)、中間層(指示役・リクルーター)、末端(実行役・闇バイト)という三層構造がスタンダードらしい。
うんうん、よく分かるよ、すごく...
「面倒な仕事は全部下に丸投げして中間マージンを抜く」とか、「底辺で手を動かしてるやつは負け組で、ボロ雑巾のように使い捨て」とか、「トラブルが起きたら末端をトカゲの尻尾切りにする」とか、もうね。わかりみが深すぎて泣くしかない。
ただ、どうもトクリュウの本質は、このピラミッド構造にはない模様。
トップ・ミドル・ロワーのピラミッド構造なんて、ヤクザの『組長・若頭・組員』の時代からの古臭い概念です。
学校の『校長・教員・生徒』でも、飲食店の『オーナー・店長・バイト』でも、なんなら軍隊でも全部同じ構成ですし、この「ピラミッド型」という比喩は、ありふれすぎていて本質を1ミリも説明できていない「中身ゼロの例え」ですね。
この「トクリュウ(匿流)」という現代の化物システムの正体を見極めるには、別のアナロジーが必要なようです。
強欲のシステム化、それは「エンロン」の心理学
じゃあ、ピラミッドじゃなければ何に似ているのか?
組織の「形」ではなく、「組織を動かすマインドセット(心理)」に焦点を当てると、2001年に巨額の粉飾決算で破綻したアメリカのエネルギー巨人「エンロン」の姿が浮かび上がってきます。
エンロンの何がトクリュウに似ているのか。
それは「強欲のシステム化(Systematized Greed)」です。
エンロンにおいては「利益を上げること」だけが絶対の正義であり、エリート経営陣は複雑な金融スキームを構築して、自分たちは「合法的なビジネスをやっているフリ」をして安全圏から大金を稼いでいました。
その一方、社内では従業員を毎年評価し、下位20%を容赦なく解雇する「Rank and Yank(ランク付けしてクビにする)」という冷徹無比な人事システムを回していました。
トクリュウも全く同じです。
海外の安全なリゾート地にいる首謀者(エリート)が、自分達は手を汚さずに暗号アプリで指示を出し、SNSで集めた実行役を「高額報酬」というエサで競わせる。
そして、警察に捕まった(使えなくなった)末端は容赦なく即座に連絡を遮断して切り捨てる。
この「上層部が構築した『絶対に見つからない(はずの)システム』に、強欲や弱みにつけ込まれた末端が組み込まれ、最後は末端がすべての泥をかぶって破滅する」という組織の冷酷な病理は、エンロンの縮図そのものです。
リスクのロンダリング(洗浄)システム
金融破綻という文脈では、トクリュウの仕組みを説明する上で、さらに完璧にフィットする歴史的事件があります。 それが、2008年の世界金融危機を引き起こした「リーマン・ショック(サブプライム・ローン問題)」です。
サブプライム・ローン問題の本質は、金融工学を使った「リスクのパッケージ化(不可視化)」と「バケツリレー」でした。 返済能力の低い低所得者への高額ローンという「猛毒(ハイリスク)」を、複雑な金融スキームで他の優良債権とミックスし、中身を見えなくして世界中の投資家に売り抜けた。 全員が「自分が持っている間に爆発しなければいい」と責任を転嫁し合い、バブルが弾けたときすべてを失ったのは、ローンを払えず家を追われた末端の低所得者層でした。
これはトクリュウが活用する闇バイトの構図と完全に一致しています。
トクリュウは、強盗や殺人という人生が詰むレベルの「猛毒(重罪リスク)」を、SNS上で「高収入案件」「ホワイト案件」「簡単な荷物の受け取り」といったクリーンな言葉でパッケージングし、中身(リスク)を完全に見えなくして素人に応募させる。
そして、リクルーター→指示役→調達役とバケツリレーのように指示を回し、最終的に警察に捕まって爆弾が爆発する(人生オワタ)のは、現場に行かされた末端の実行役だけです。
念のため当時のウォール街の名誉のために断っておくと、サブプライム期の証券化スキームは当時の合法ギリギリのグレーゾーンで動いていました。
もちろん、NINJA ローンや格付詐欺、虚偽の目論見書など限りなく黒い部分もありましたので「全員が善意でやっていた」とまでは言いません。
ただ、その出発点は「すべてのアメリカ人に持ち家のチャンスを」という、しごく真っ当な政策から始まったはずです。
トクリュウのように 100% 非合法の極悪組織とは出発点の立て付けが違います。
とはいえ、かつて天才金融マンたちが発明した最先端のリスク転嫁システム(リスクのロンダリング)と同じことを、偶然なのか狙っているのかは判りませんが、裏社会の連中がそっくりインポートして悪用しているというのが、闇深い所ではあります。
クライム・アズ・ア・サービス (CaaS)
クラウド・サービスが完成しつつある現代において、この犯罪スキームはIT用語を乗っ取る形で、恐ろしい名前で呼ばれるようになりました。 それが「CaaS:Crime-as-a-Service(クライム・アズ・ア・サービス:サービスとしての犯罪)」。このパワーワードですよ。
クラウドから必要なソフトを利用する「SaaS」の犯罪版。
Wikipedia 日本語版が正鵠を射抜いていた通り。現代のトクリュウは、もはやピラミッド型の泥臭い組織ではなく、超フラットなデジタル・プラットフォームとして機能しています。
首謀者は、自分でヤクザの組織を作る必要はありません。必要なのは以下のような機能ブロックだけです。
- リクルート機能: SNS の闇バイト募集アカウント
- 通信・インフラ機能: Telegram などの暗号通信
- 現場の実行機能: 闇バイトに応募してきた素人たち
- 資金回収機能: 地下銀行や暗号資産
これらを「外部のプラットフォームやサービス」として調達し、パズルのように組み合わせるだけです。
スマホ一台で巨大な凶悪犯罪をオンデマンドで起動できてしまうという手軽さです。
犯罪の「モジュール(部品)化」です。
これって、犯罪以外の分野に目を向けると、色んな所で行われていますよね。
私たちが普段使っている「Uber Eats」や「タイミー」のようなギグワーク・プラットフォームも、構造としては似た発想です。
サービスを提供する側はプラットフォームを用意して、必要な機能を組み合わせて仕組みを作る。
末端で実際に現場で動くのは、案件ごとに集まる単発のワーカーたちです。
ダークサイドに落ちたギグワーク
そう考えると、トクリュウもまた、現れるべくして現れた、犯罪に特化し洗練されたクラウド型サービスですよね。
闇の力(フォース)を操り、欲望と恐怖とで人々を奈落に誘う、まさにダークサイドに落ちたギグワーク・プラットフォームです。
いや、そういう意味では例が不適切だったかもしれません、すいません。Uber Eats やタイミーと比較しちゃ申し訳ないです。彼らは合法で、ちゃんと世の中の役に立っている素晴らしいサービスです。
末端ワーカーを守るためのセーフティネット(労災や見舞金)もきちんとアップデートされています。
ここで言いたいのは、彼らの持っている「雇用契約を結ばない、フラットなギグワーク型(単発雇用)のシステムデザイン」を、トクリュウが最悪の形でハックしているという点です。
面接も履歴書もなく、スマホ一台で即登録(参入障壁ゼロ)。
上司と顔を合わせることもなく、アプリの画面に表示される指示通りに現場へ直行(指揮命令のデータ化)。
そして、トラブル(逮捕)が起きたら「お前が勝手にやったこと、自己責任ね」とアカウントごと即遮断。
20世紀の「ピラミッド型組織」という古臭い比喩で彼らを見ていると、この現代的な恐ろしさの本質を見誤ります。 トクリュウの本質は昭和的な縦社会の犯罪組織などではありません。 トクリュウとは、リスクと罪悪感を極限まで他人に押し付けるために設計された、令和最新版の邪悪なマッチング・プラットフォームなのです。
この「闇のプラットフォーム」を崩壊させるには、ピラミッドの頂点を狙う従来の捜査だけでなく、SNS上の募集をシステム的に徹底BANする「情報の遮断」や、匿名性を逆手に取って警察がシステム内に潜入する「囮(おとり)捜査」といった、プラットフォームそのものを機能不全(バグ)に追い込む新しいアプローチが必要不可欠なのかもしれませんね。
なんだか警察も大変です。恐ろしい時代になったものだな、としみじみ思いました。